西野監督の経歴や成績を調査!性格は少し天然でお笑い好き?

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サッカー日本代表の西野監督の経歴や監督時代の成績を調査してみたいと思います。ハリル監督の電撃解任を受け、ロシアワールドカップ直前で監督に就任し相当な苦労をしているだろう。しかし、日本代表の快進撃は誰も予想していなかったのでは無いか?予選2試合で負けなしは本当に素晴らしいと私は思う。

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西野監督率いる日本代表の快進撃には脱帽

 

就任わずか2カ月半でワールドカップの指揮を取るという異例の事態にほとんどの日本人がロシアワールドカップの予選敗退を予想したに違いない。

この記事を書いている私もそうだった。日本代表は予選全敗で予選リーグ敗退するのは100%だと予想していました。

しかし、蓋を開けて見ると全く逆の展開となっている。

コロンビアに勝利しセネガルには先制され乾貴士選手のゴールで追いつき、更に引き離されて、途中出場の本田圭佑選手の同点ゴールでドロー。

このセネガル戦では、選手も試合後にコメントをしているが、勝てた試合だったと私は思う。日本代表には勝ち切れた試合だった。

何度か得点できるチャンスがあったが、後一歩攻めきれなかったのは悔やまれる。

格上相手に互角以上に戦っている。

 

就任2カ月半でこのような結果を残したのは選手の力、前監督のハリル氏の力もあるだろう。しかし、西野監督の力あってのロシアワールドカップの結果である。

そんな西野監督はどんな人物なのか調べてみました。

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西野監督の選手時代の経歴やプロフィール

 

名前:西野朗

生年月日:1955年4月7日生まれ

出身地:埼玉県浦和市

出身高校:埼玉県立浦和西高等学校

出身大学:早稲田大学教育学部

身長:182cm

体重:72㎏

血液型:A型

 

西野監督の現役時代は1974年から1978年に日本代表として活躍している。

早稲田大学から日立製作所へ就職し社会人時代は、8試合連続得点を挙げてベストイレブンに選出されている。

下の画像は西野監督の日立製作所時代の画像。

日立製作所で活躍したが、1990年に現役を引退している。

現役当時の西野監督は非常に女性からモテたと噂されていて、西野監督が試合を途中交代した時があり、観戦しに来ていた女性がスタンドからほとんどいなくなってしまったという。

かなりモテる人物だったと言われている。

そんなモテモテだった西野監督のハートを掴んだ女性が現在の奥さんなのだ。気になるのが西野監督の奥さんはどんな人物なのか?一切メディアには登場しないので詳細がきになりますが、奇麗な方で元モデルをしていたとの事です。

詳細はこちらにも書いてあります。

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西野監督の指導者としての成績

 

1991年から1992年にU-20日本代表監督を務めた。

1994年にはアトランタオリンピック出場を目指すU-23日本代表監督に就任。日本代表としては28年ぶりとなるオリンピック出場を決める。

アトランタオリンピックではブラジル代表と対戦し、1-0で日本代表が勝利した。この試合は伝説の試合となっており、マイアミの軌跡として今も受け継がれている。

 

1998年からはJリーグの監督を務め、柏レイソル、ガンバ大阪、ヴィッセル神戸、名古屋グランパスの監督を務めている。

Jリーグ1部の監督の歴代勝利数270勝は現時点で歴代1位の記録を持っている。

 

西野監督の指導者としての結果を見ると、輝かしい成績で日本代表の監督に相応しい人間だと思いますね。

もっと早く日本代表の監督に就任していても良かったんじゃないか?

私はそう思いました。

 

 

練習中の西野監督はギャグを言ったりもするそうで、意外な面も持っている。

私が印象に残ったのが、乾貴士選手や大島僚太選手に5㎏体重を増やして、5cm身長を伸ばせ。と指示したが失敗に終わりましたと会見で話している。

記者会見でギャグを言い放つところは、中々の人物ですね。

 

ロシアワールドカップでの選手交代のタイミングなど、ドンピシャで結果に繋がっている西野監督の手腕。

今後の指揮官の選手起用法には目が離せないですね!

本日は最後までお読みいただきありがとうございました。

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