宗像忠典監督(日大東北)の経歴や指導方法とは?高校時代に甲子園出場は?

高校野球

福島県の日大東北高校野球部が、第103回全国高校野球選手権大会に出場する。

日大東北高校野球部を率いる宗像忠典監督とはどんな人物なんだろうか?

同校を18年ぶりに甲子園に導いた指導方法とは一体?

過去に事件があったようだが、どのような内容だったのだろうか?

 

それから宗像忠典監督の高校時代は甲子園出場経験はあるのか?

この辺りにも注目して記事を書いていきたいと思います。

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宗像忠典監督のプロフィール

 

名前:宗像忠典 (むなかた ただのり)

生年月日:1962年生まれ

出身地:福島県郡山市

出身高校:日大東北高等学校

出身大学:日本大学

 

宗像忠典監督の経歴

 

それでは宗像忠典監督の経歴についてですが、プロフィール欄にも書きましたが、日大東北高校を卒業後、日本大学へ進学し卒業後は社会人野球で投手として活躍した。

 

1986年には日大東北高校の教員となり、翌年には野球部部長となる。

1987年から2007年まで監督を務め、1990年の夏の甲子園では1勝している。

そして2018年に再び監督に就任し、2021年夏の甲子園に出場が決定しているが、甲子園大会を最後に退任が決まっている。

 

宗像忠典監督の指導方法とは?

 

宗像忠典監督が再度監督に就任したのが2018年である。

現在の3年生を1年生の頃から育て上げ、集大成で甲子園出場に導いた。

どのような指導方法で日大東北高校野球部を甲子園へ導いたのだろうか?

 

福島大会では『日替わり打線』で戦ってきたそうだ。

これは宗像忠典監督が試合当日の打撃練習で選手の調子を見て打順を決めるという戦術を取ったそうです。

 

この起用方法で福島大会優勝へ導いた。

やはり日頃から選手を見ているからこそできる采配なんでしょうね。

打線を固定せずに、色々試してやってみることで、上手くハマることもあると思います。

 

福島大会決勝では当たっていなかった選手を8番から1番へ変更し、見事9回2アウトでサヨナラ二塁打を放った。

結果論にはなりますが、もしこのバッターが8番のままだったら、日大東北の甲子園は無かったかも知れません。

 

やはり日頃から選手を見る目が養われているのだろう。

甲子園では打撃に関してもそうですが、投手起用についても注目していきたい。

 

ただ、気になる点があった。

過去に宗像忠典監督は部員への暴力事件で監督をクビになっているらしい。と言う記事をネット上で拝見した。

当時2年生部員の下半身を蹴ったということで、1ヶ月の謹慎となったようですが、度重なる暴力があったとのことです。

 

昔の高校野球は殴られるのは当たり前でしたからね。

私も高校球児でしたが、何度も監督には殴られました(笑)

昔と現在の指導環境はかなり変わってしまいましたね。

 

私は何度も殴られましたが、殴られたことは今思えば、ありがたかったし、社会に出てもかなり精神的にも強くなっているので、少々のことではへこたれません。

高校野球の指導者も中々難しいですね。

 

昔は良かったことが、今では体罰にあたります。

賛否両論あるかとは思いますが、私はやはり殴られて育ってきた世代ですから、精神的にも強くなれたのは逆にありがたかったと今では思っている。

 

宗像忠典監督の高校時代に甲子園出場は?

 

気になる宗像忠典監督の高校時代についてですが、選手時代に甲子園出場経験はあるのだろうか?

 

日大東北高校時代の宗像忠典監督は甲子園出場はしていないようです。

1987年に行われた第69回大会全国高校野球選手権大会が日大東北高校野球部の初出場ですので、宗像忠典監督の3年間では甲子園には出場しておりません。

 

 

宗像忠典監督のまとめ

 

本日は日大東北高校野球部の宗像忠典監督の経歴や指導方法について記事を更新しましたが、2021年に行われる全国高校野球選手権大会が最後の指揮となるそうです。

 

監督生活最後の大会となり、選手も一丸となっており、日大東北高校初の甲子園2勝以上を達成できるのか?

この辺りにも注目していきたいと思います。

 

本日は最後までお読みいただきありがとうございました。

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