工藤公康が嫁と結婚し余命宣告を回避?毎晩飲み歩き肝臓に大きな負担が

プロ野球

 

工藤公康監督が嫁と結婚し余命宣告を回避していた。若い頃は毎晩の様に試合が終わると街に飲みに出かけていたそうです。ブランデーを2本、3本空けて飲みまくりそのまま一睡もせずに試合に出ていた事も昔はあったそうです。恐るべし工藤公康監督ですね。本日は工藤公康監督の嫁である雅子さんについてブログを更新します。

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工藤公康のプロフィール

 

 

名前:工藤公康

生年月日:1963年5月5日生まれ

出身地:愛知県豊明市

身長:176cm

体重:80㎏

出身高校:名古屋電気高等学校(現:愛知工業大学名電高等学校)

投打:左投げ左打ち

ポジション:投手

プロ入り:1981年 (ドラフト6位)

 

工藤公康監督の選手時代は投手として西武、ダイエー、巨人の3球団で日本シリーズ優勝の経験がある。

そして日本シリーズの通算最多奪三振記録保持者である。(102個の記録)

私は現役時代の工藤公康投手をテレビで見ていましたが、とても安定感のある投手で大崩れしない投手というイメージがありますね。

左投手の5本の指に入る投手だと思っております。

 

工藤公康監督の出身高校は名古屋電気高等学校この学校は現在の愛知工業大学名電高等学校の事であります。

天才バッターであるイチローの母校でもあります。

 

1981年の第63回全国高等学校野球選手権大会に出場し2回戦の長崎西高等学校戦では史上18人目のノーヒットノーランを達成している。

金属バットに変更になり初のノーヒットノーランとなる記録である。

この大会ではチームをベスト4へ導いた。

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工藤公康の嫁(雅子さん)はどんな人物なのか?

 

さて、本日の本題である工藤公康監督の嫁である工藤雅子さんは一体どんな人物なんであろうか?

先程ブログの頭でも書きましたが、工藤公康監督は若い頃1989年に選手生命は勿論命に関わる話を医師から宣告される事態になった。

「肝臓が腫れて肋骨の間からはみ出しそうになっていました。医師には、このままでは死ぬといわれるほど肝数値も最悪でした」

 

当時独身であった工藤公康監督は毎晩のように街へ繰り出し、酒を飲んでいたそうでブランデーも2本、3本開けるのは当たり前で、そのまま一睡もせずに試合に出場していた事もあったそうです。

当時26歳と言う若さもあって、そのような行動ができたと思うのですが、やはり飲みすぎは体に異変がでるのは当たり前ですね。

そこで当時交際していた雅子さんが、これではダメだ!

何とか工藤公康監督を救う手は無いかと、健康面でサポートすることを決意し、健康や栄養関係の本を読み、工藤公康監督の体を修正したと言われております。

栄養士の資格も持っているらしいですよ!

 

こちらが工藤雅子さんの画像です。

 

一般人の方なので表には出てこないと思われます。

因みに工藤公康監督と工藤雅子さんとの間には5人のお子さんがいます。

5人も凄いですよね!

私は3人の子供がいますが、3人でも大変なのに5人って・・・。

凄いとしか言いようが無いです。

 

5人のお子さんの世話と、工藤公康監督の健康管理もするとなると可なりの労力を使わないといけないと思います。

工藤雅子さんには尊敬しかないですね。

母は強しです。

 

そして、長男の工藤阿須加さんは俳優でも活躍中です!

テニスもプロレベルなんですよ!

工藤阿須加さんの記事はこちらです。

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工藤公康監督と工藤雅子さんのまとめ

 

本日は福岡ソフトバンクホークスの工藤公康監督の嫁である工藤雅子さんについて記事を更新しました。

プロ野球選手を夫に持つと、栄養管理や体調管理に神経を使うと聞いておりますが、5人の子供の母でもあると言うのが驚きです。

夫の世話だけでも大変だと思うのですが、更に5人の子供の面倒も見なければならない。

世の中には頑張っている方は沢山いるんだなって実感した私であります。

小さなことで弱音を吐いていてはいけませんね。

私も負けないように頑張ろうと思います。

本日は最後までお読みいただきありがとうございました。

下記にも野球関連の記事がありますので、是非お読み下さい!

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