原田英彦監督(龍谷大平安) 経歴や息子も平安卒だった!厚い胸板と筋肉の秘密とは?

高校野球

 

龍谷大平安高校野球部の原田英彦監督の経歴などについて記事を更新していきたいと思います。原田英彦監督の息子さんも龍谷大平安高校野球部の出身だったそうですが、どんな選手だったんでしょうか?原田英彦監督の年齢も見た目より結構な年齢なんですねー、凄い若く見えます!あの厚い胸板や筋肉はやはり筋トレしているのでしょうか?本日は龍谷大平安高校野球部の原田英彦監督について調べて見たいと思います。

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原田英彦監督のプロフィール

 

 

名前:原田英彦 (はらだ ひでひこ)

生年月日:1960年5月19日生まれ

出身地:京都市

出身高校:平安高校(現:龍谷大平安)

社会人:日本新薬

 

平成5年から龍谷大平安高校野球部監督に就任し、母校の再建を託される。

監督の就任に1度は断ったそうですが、会社の上司や同僚に相談するうちに『平安にも野球にも恩返しをしなければ・・・。』

悩んだ末に会社を辞める決断を下した。

平成26年(2014)にはセンバツ高校野球大会で優勝している。

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原田英彦監督の息子について

 

原田英彦監督の息子さんも龍谷大平安高校野球部の出身だったそうです。

名前は原田力斗さんで、2006年に高校3年生だった。

この代の龍谷大平安高校野球部は秋季京都大会で見事に優勝を勝ち取ると、近畿大会へ出場した。

しかし、近畿大会ではベスト8となり選抜への切符は絶たれた。

 

そして、一冬越えて春季大会では準優勝に輝いた。

3年生最後の夏の大会では4回戦敗退。

このように、後一歩で甲子園出場できそうでしたが、野球の神様は微笑みませんでした。

 

秋季京都大会で優勝して近畿大会でベスト8と言うのが、チョット悔しいですね。

近畿大会でベスト4まで勝ち進めば、選抜の道は開けたと思うのですが、あと1勝の壁が高かった。

 

やはり近畿地区のレベルは高い!

レベルが高い地区ですから、近畿地区の中学生が野球留学するのも分かる気がしますし、中学生のレベルも近畿地区は高いような気がします。

 

原田英彦監督は自分の息子が同じ龍谷大平安高校野球部に入る事を、初めは反対したそうです。

しかし、原田英彦監督の息子さんは、どうしても龍谷大平安高校野球部に入りたいと言った為、許可したそうです。

 

原田英彦監督は本音は一緒にはやりたくなかったんじゃないかなー。

自分が原田英彦監督の立場だったら、恐らく違う高校へ行けと言うと思います。

だって、他の選手と同等に接する事が出来ないような気がして・・・。

やっぱり自分の子供ですから、少しでも贔屓してしまいそうです。

 

確かに親子で甲子園に出場するという夢は持てますが、他の選手の親などから何を言われるか分からないし、私はちょっとやり辛いなーって思いますね。

選手の目線から見ても、監督の息子という目線で見てしまうので、言いたい事が言えない時もあると思います。

 

それでも親子で甲子園を目指したことは非常に素敵な事です。

中々出来ることでは無いですし、野球部に所属しているうちは親子の関係では無く、一選手として接していたんでしょうね。

原田英彦監督も親として複雑な気持ちだったと思います。

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原田英彦監督の胸板は何故あんなに分厚いのか?

 

原田英彦監督の胸板はいつ見ても分厚いし、腕の筋肉も凄い!

今でもベンチプレスで100キロを上げるらしいです。

凄いですね!

 

元々社会人野球の経験もあり、一般人よりも筋トレ等は行っていたでしょう。

私がこれまで見てきた、甲子園出場監督でナンバーワンの胸板だと思います。

 

原田英彦監督の試合前ノックをご覧ください。

 

原田英彦監督は左投げ左打ちなんですね。

もうすぐ60歳になりますが、あと10年くらいノックも打てそうな感じがします。

しかし、見た目も若く見える方ですね。

60歳近くには全然見えませんね。

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原田英彦監督のまとめ

 

本日は龍谷大平安高校野球部の原田英彦監督について記事を更新しました。

原田英彦監督の息子さんについても調べてみましたが、惜しくも親子での甲子園出場は出来ませんでした。

その後の息子さんが野球をしているのかは不明ですが、息子さんと思われる画像がネットで出ていましたが、非常に原田英彦監督に似ている方です。

今後の龍谷大平安高校野球部には注目していきたいと思います。

本日は最後までお読みいただきありがとうございました。

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