白山高校野球部ルーキーズと言われた過去!下剋上から甲子園出場の経緯は?

高校野球

本日は三重県の白山高校野球部についてブログを更新します!ルーキーズと言われた白山高校野球部が第100回全国高校野球選手権記念大会に出場します。勿論春夏通じて初出場の高校ですが、以前は野球部の部員が5名しか居なかった事も。なぜ白山高校野球部が甲子園に出場できるまでになったのか調べてみました。

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白山高校野球部の歴史

 

先程も書きましたが、白山高校野球部は春夏通じて甲子園出場経験はゼロ。

普通の県立高校ですから強豪私学よりも設備も整っていないのは現実である。

 

白山高校の東拓司監督が就任したのが2013年であるが、それまでの白山高校野球部は2007年から2016年迄の間10年連続初戦敗退の学校であった。

何故このような弱小高校野球部が甲子園に出場できるようになったのか、私は非常に不思議でしょうがなかった。

しかも、10年連続で初戦敗退している学校でいきなり三重大会で優勝し甲子園の切符を掴むとは、いままでこのような事例は聞いたことが無いし、記憶にもない。

 

こちらの投稿は白山高校野球部の部員数の画像です。

2013年と2018年を見比べても部員の数が倍以上に増えています。


高校野球は選手の力も大事であるが、監督の采配や指導力の方がもっと大事だと私は思っています。

って事はですよ、白山高校野球部の監督である東拓司監督とはどんな監督なのか非常に気になります。

白山高校就任6年目で甲子園出場を決める監督ですから、何かあるに違いないと思い東拓司監督について調べてみたいと思います。

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東拓司監督の経歴

 


名前:東拓司

年齢:40歳

出身地:三重県松阪市

出身高校:久居高等学校

出身大学:大阪体育大学

 

東拓司監督は1浪し大阪体育大学へ入学し野球部に入部。

同期には巨人の上原浩治投手と大学時代を共にし、全国大会にも出場した経歴を持っている。

久居高校時代の東拓司監督は俊足の外野手で、『周囲の人を明るくする屈託のない人柄だった』このように当時の監督が話していた。

東拓司監督も高校時代に甲子園出場の経験は無い。

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白山高校がルーキーズと言われた過去

 

東拓司監督が白山高校野球部に就任した2013年の野球部グランドは草だらけで、野球ができる環境では全くなかったんです。

東拓司監督は先ずは野球ができる環境を整えると言う事で、グランドの草むしりやグランド整備に時間をかけた。

当時は野球の練習時間よりもグランド整備の時間の方が長かったそうです。

当時野球部は5人しかおらず、野球の試合も出来ない状況であった。

しかし、東拓司監督は部員不足を解消する為に自らの足で中学校へ勧誘し続けた。

『野球が好きな子がいれば、是非白山高校へ来てください』このように声をかけて回ったと言います。

2018年の夏には部員数が56名となり、東拓司監督就任時よりも50人以上も部員が増えたのである。

この部員数増加も東拓司監督の努力の結晶だと思います。

 

白山高校がルーキーズだと言われている理由は、先程も書きましたがグランドに草が生えているという事でルーキーズと言われているようです。

決してヤンキーが多いという訳では無いんですよね。

※一部誤解を生じてしまうので、書いておきますが部員は真面目な生徒ばかりです。

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白山高校がこれだけ強くなった訳とは

 

やはり白山高校が甲子園に出場すことができたのも、選手が頑張ってきたからだと思います。

そして、東拓司監督が白山高校野球部の為に毎日努力してきたからこそだと思います。

白山高校野球部は年間150試合をこなしているという事ですが、この数字は非常に多いんですよね。

練習も必要ですが、沢山の試合をこなす事により『打者が実践で投手に慣れなければいけない。』このような東拓司監督の方針を貫いたこそ、甲子園の切符を手にできたのだと思います。

 


しかし、この過去の結果をみると凄いですね。

白山高校の下剋上を甲子園でも見てみたいですね!

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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