青柳博文監督(健大高崎)の経歴や指導方法とは!甲子園出場経験も調査!

高校野球

健大高崎高校野球部の監督である青柳博文監督について調べて見たいと思います。プロフィールや甲子園出場経験はあるのか?青柳博文監督は健大高崎野球部の創部1年目から監督に就任しているが、創部当初はかなり苦労したそうです。どのような事があったのか、この辺りについても調べて見たいと思います。大学時代にプレーした同期や先輩も大物選手だったそうです。





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青柳博文監督のプロフィール

 

 

名前:青柳博文 (あおやぎ ひろふみ)

生年月日:1972年6月1日生まれ

身長:188cm

体重:100㎏

出身地:群馬県

出身高校:前橋商業高等学校

出身大学:東北福祉大学

就職:社会人として7年間勤務

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青柳博文監督の指導方法とは?

 

春夏通算6度の甲子園出場に導いている青柳博文監督ですが、健大高崎野球部が創部した時から監督として指導している。

野球部が創部した時には、グランドも無く部室も無い為、外で選手が着替えをしていたそうです。

 

専用グランドが無かった当初は、テニスコートが野球部の練習場だったのである。

テニスコートですから、できる練習は限られており、ティーバッティングやキャッチボールが精一杯だったそうです。

 

やはり創部当初はグランドも無く、甲子園出場を目標に掲げても、環境が整っていなければ、地方大会でも勝ち上がる事はできないでしょうね。

初めての夏の地方大会は13人でベンチ入りし、前橋東に0-12で完敗したそうです。

 

何でもそうですが、やはり0から1を作るのが非常に難しい。

野球部を強くするために、青柳博文監督は中学校やクラブチームへ選手集めを行ったそうです。

しかし、当初無名だった健大高崎野球部ですから、やはり中々選手は集まらなかったそうです。

 

それでも、青柳博文監督は大学卒業後7年間の社会人経験もあり、営業で培った打たれ強さを持っていたので、一歩一歩前に進んでいったそうです。

 

そして青柳博文監督の指導方法ですが、『いい会社は部下がしっかりしている』この考えを礎に各担当スタッフに練習メニューや指導方法などを一任しているそうです。

コーチの考えを尊重して、練習に取り組んでいるそうです。

要するに、青柳博文監督がコーチ陣に指示をしないという事ですね。

 

健大高崎高校野球部には打撃コーチや走塁コーチ、投手コーチや戦略コーチ他、担当コーチがいて、コーチ陣が中心になって日々の練習を行っている。

 

健大高崎高校野球部と言えば、『機動力野球』で有名であるが、これも専属の走塁コーチがいるからであり、どうやったら相手に嫌がられるか。

日々研究をしながら、練習しているそうです。

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青柳博文監督の甲子園出場経験や大学時代は?

 

気になるのが青柳博文監督の高校時代ですね!

高校時代に甲子園出場経験はあるのか?

気になったので調べてみました。

 

青柳博文監督は前橋商業高校野球部の出身で、高校3年生の春の選抜で甲子園に出場している。

4番バッターでポジションは一塁手として出場したが、1回戦で敗退している。

 

青柳博文監督は身長が188cmもある大きな方なので、4番バッターとして打席に立った時には、かなり威圧感があったんでしょうね。

 

高校卒業後は東北福祉大学へ進学し野球部に所属している。

大学時代の同期には元中日ドラゴンズの和田一浩選手と大学時代を過ごしており、3学年上には元阪神タイガース監督の金本知憲監督ともプレーしている。

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青柳博文監督のまとめ

 

本日は健大高崎高校野球部の青柳博文監督について記事を更新しました。

創部当初は苦労したそうですが、現在の健大高崎高校野球部は専用グランドや室内練習場、寮も完備しているそうです。

ここまで築き上げるのも、非常に大変だったと思います。

 

やはり人間は行動しないと何も始まりませんし、成長もしないと思います。

何か、青柳博文監督にパワーを貰った気がします。

 

今後の活躍に期待しております!

本日は最後までお読みいただきありがとうございました。

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